あんこうのスロットで出来れば勝ちたい

スロットの趣味打ちブログです

スポンサーリンク

ジェノサイド(上)

f:id:ankolkkaku:20200528000310j:plain

プロローグ

金属音の騒音が鳴り響く傍らで、そこでは何も起こっていないかのように平然と掃除をする尾口は、耳がきこえなかった。
それは会社から義務付けられていた耳栓を着用せずに長年働いた末路であり、身から出た錆にしてはあまりにも大きすぎる報いであった。
鉄工所であるにもかかわらず、尾口に与えられた仕事のほとんどは、各所の掃除だった。耳が聞こえなくなって仕事ができなくなったわけではない。故に現場で働くこともできたのだが、あることがきっかけで会社から現場で働くのは困難だと判断されたのだ。

鉄を熱する現場では、夏場は気温が50度近くまで上昇する。そのため熱中症対策に、2時間おきに休憩を知らせるチャイムがなるのだが、尾口にはその知らせが聞こえなかった。何人かで作業をしていれば、周りをみてそれと気づくのだろうが、一人で作業をしていれば、真面目な尾口はたちまち働き続けてしまう。
案の定、尾口は熱中症の常連だった。酷いときは意識朦朧となっていたこともあった。そのときは現場の隅でくたばっている尾口を、偶然職人の鬼森が発見した。

  

鬼森は元大工という経歴と、シャブやその他で牢獄に入っていた遍歴を持ち、当たり前のように小指がない。それに加えてスキンヘッドなのだから見た目はもう堅気ではない。本人曰く、スキンヘッドなのは若くしてハゲたからで小指は大工のときの事故で失ったという。
一見狂人の鬼森だが、仕事の腕は確かで、腕一本で現場の頭まで昇り詰めた男だ。そして純粋に力持ちでもある。熱した鉄の塊を専用箸で掴みとり、それをライター代わりにタバコに火をつける姿は、厳つさと職人気質を感じさせた。無論工事内は禁煙である。

 

意識が朦朧としている尾口を見つけた鬼森は、大声で周りに人を集め指示をだした。鬼森は尾口の頬を手のひらで何度かぶち、返事を呼びかけ繰り返し頬をぶった。
「尾口!きこえるか!!」
鬼森は必死だった。何度も尾口に返事を求める。だが尾口にその声は届かない。そもそも聞こえないからである。鬼森は天然でもあったのだ。それを見かねてようやく部下が、鬼森に尾口は耳が聞こえないことを伝える。すると鬼森は見た目とは似つかわしくない笑みを浮かべ、緊迫した現場を和ませた。
尾口はというと、いろんな意味で大事には至らなかったのだが、それを機に現場からは退いたのであった。

 

 

 

 


第一部 ワーキングデッド

15時のチャイムがなり、各々が休憩に入っていた。現場の隅でくつろぐ者がいれば、事務所で休憩をとる者もいる中、あんこうは食堂でブラックコーヒーを片手にニュースを観ていた。ブラックなのはダイエットのためだ。
「緊急事態宣言は解除されましたが、クラスター感染したところにはなるべく行かないでほしいって、これはどういうことなのでしょうか。国民は一体どうしたらいいのでしょうか。」
くだらない。あんこうは事務所へ戻った。テレビを観ているとこの国の人間は死ねと言われれば死ぬのではないかと錯覚してしまいそうだったからだ。

仕事に戻ると事務員さんから15時だからかおやつをもらった。けして美味くはなかった。だが入社当初に、爺さんに油まみれの手で手渡されたせんべいに比べると、食べれるものではあった。せんべいは爺さんには申し訳ないが捨てたようだ。


あんこうは3D/CADを駆使して図面を描いていた。厳密に言うと描くフリをしていた。正確に言えば描けないのだが、この会社ではどうやら3D/CADを扱える者が他にいないようだった。そのため画面に向かって難しい顔をしていれば、大体が成立するのである。大体というのはそれに期限が迫っていなければということだ。そしてお偉いさんから「たまには休憩してコーヒーでも飲め」と、いつも食堂へと連れていかれるのである。
現場で鬼森や尾口の他、皆が汗水流して働いている中、あんこうはこの日何度目かの食堂でのコーヒータイムを過ごしていた。おごってくれる上司の口癖は「頭を使えない奴は体を使え」だった。どちらも使えないあんこうは、いつも適当に相槌をうち、上司が喜びそうな話題をふっては、長話を聞いて時間をつぶしていた。これは昔、あんこうが友達に「大人は喜ばせておけばいい」と教わったことであり、一種の技でもあった。

 

 

 

中世のヨーロッパまで遡った上司の話もそろそろ終わりを迎えようとしていた。あんこうは自分が何の話をふったのか、今、上司が何を話しているかはすでに忘れていたしわからなかった。しかし終業時刻が迫っているため、時間までに話が終らなければ終わらすまでのことだと思っていた。
そして待ちに待った終業時刻のチャイム、もとい始まりのチャイムがなった。自分を拘束するこの世界からの解放を知らせる音であった。
この時刻のチャイムだけは他の時刻よりいい音がする。無論気のせいなのだが、彼の心はたしかに踊っていた。

 

 

 

幼い頃に父親から「女の腐ったような奴にはなるな」と教わった。その言葉の真意を当時どこまで理解していたか定かではないが、感覚的にはそれをほとんどと言っていいほど理解していた。今にしてみれば差別ともとれるこの言葉だが、あんこうは学生の頃に女の陰湿ないじめを実際に見てきた分、この言葉がしっくりきていた。
近頃のいじめは昔に比べると暴力沙汰は減ったが、やり方が陰湿だと感じていた。代表的なのが掲示板やSNSでの誹謗中傷だが、その他にも陰口であったり些細な嫌がらせなどがある。自分の時代では考えられないようなことであった。
あんこうはそれを自身が勤める会社でも感じていた。入れ替わり立ち替わり互いが互いの文句をいう姿をみてうんざりしていたのだ。世の中のカーストでみれば最下層に位置付けされるだろうこの会社で、誰々は仕事ができるできない、給料がいくらだのへったくれもないのである。そんなことを言っている暇があれば、転職先を探すなり、副業の一つや二つ考えたらどうだとあんこうは口走りそうになったが、定年まで残り十年余りのおっさん平社員をみて、もう取り返しのつかないところまできている人だと理解した。せめて言わせておいてあげようと思ったあんこうは、その場を立ち去り帰路へついたのであった。

 

 

 

第二部 オンリーワンス(前)

ウイルスの影響は収束に向かっていた。緊急事態宣言は解除され、人々は普段の日常を取り戻そうとしていた。あんこうは人類滅亡のシナリオがあるとするならば、AIの自我だと思っていたが、今回の件で一気にウイルス説が自身の中で有力となった。しかしそれが実現するのは、何十年何百年先の話だと思っていたあんこうにとって、さほど興味のある話ではなく、それよりも今日何を食べて何をするかという、今を生きることの方が重要であった。現に雨の中、自転車をこぐあんこうは、CRひぐらしの鳴く頃に~廻~が空台でなければどうしようという思いでいっぱいだった。

 

ズボンの裾が濡れるのを嫌って短パンを履いたが、すぐに失敗だったことに気がついた。夜はまだまだ寒かった。ゴールデンウィークから欠かさずやり続けた筋トレを、パチンコ屋が営業を再開するや否や放棄した。人類滅亡の前に、あんこう滅亡のシナリオは出来上がったのかもしれない。
自転車を雑に止め、雨を嫌がるように店内に入ると、一目散に目的である機種へと向かった。あんこうの不安をよそにその機種は空いていた。さっそく打ち始めようとするが、その前に一服しようと喫煙ブースへと向かう。しかし、景品カウンター横にあるブース前まで行くと足を止めた。タバコを吸うときは当たり前だがマスクを外す。もし感染者が、この中でタバコを吸っていたらと思うと、なかなか前に進めなかったのだ。
カウンターから店員が、ゴミを見る目でこちらの様子を伺っているのがわかった。前々から自身はゴミだと認識していたあんこうでさえ、このときばかりは苦しかった。穴があったら入りたい。自動販売機の前に設置されたゴミ箱は、どう考えても小さかった。だがこのままではらちが明かない。決死の覚悟で飛び込んだ先は、ゴミ箱ではなく喫煙ブースでもなくトイレであった。

 

何事もなかったかのように糞から戻ると、流れるように財布から一万円を取り出し、それをサンドいれた。大きすぎる音量を下げ、右足を上に足を組んだ。あんこうのパチンコを打つ上での基本的な体勢である。隣に人がいたら邪魔になりそうだと思われがちだが、あんこうはわりとスマートであり、足を組んでもそれなりに収まるのだ..

プチューン...

 


人口230万人の内、その8割を学生が占める学園都市には、無能力者のレベル0から超能力者のレベル1~5までが存在する。無論レベル5が一番優秀であり、それは学園に数人しかいない超エリートだ。あんこうはこの「とある魔術の(ry」というアニメを観ていくうちに、レベル5の能力がどうだとかはそっちのけで、学生の頃に一切興味のなかった風紀委員に興味を持つこととなる。
対して「ひぐらしの鳴く頃に」のレベル5。それはエクソシストのブリッジで階段を下りるシーンや、リングの貞子であったり、ジグソーが立ち上がるシーンを彷彿させるものだ。実家にいたあんこうは、夜な夜なひぐらしをみて怖がっていた。喉が渇きリビングへ行くと、炬燵で母親がヨダレを流して倒れていて驚いたが、どうやら寝ていただけだった。


そんなレベル5はパチンコにとって激熱だった。
ブラックアウトしたかと思うと、金色のエフェクトにまみれて画面一杯に「Lv.5」と現れた。あんこうの脳から汁という汁が吹き出した。毛細血管がぶちぶちと切れていくのを感じた。ニコチンをはるかに凌駕する麻薬的効果音が鳴り響き、絶頂に達しろと言わんばかりにボタンが飛び出した。
あんこうはこの世に正義なんてものは存在しないと思っている。ただ悪はたしかに存在していて、それを裁くものが正義だとするならば、それは...

 

ジャッジメントですのぉぉぉおおおお!!!ふんっ

 

画面にはオブラートに表現されたモノクロの血が飛散した。
大丈夫。まだ500円。あんこうはそう自分に言い聞かせると、手を胸にあて、高鳴っていた鼓動を静まらせようとした。


下巻へ続く

 

スポンサーリンク